清貧の思想2(本阿弥光悦の母)




2020.10.01.


 清貧の思想の続き
 前回書いた本阿弥光悦の話には続きがあって、前田家から帰ってきた光悦が親の家に行って母親に報告をするのだが、母親の妙秀は欲深くて富貴なるものを憎んでいたらしい。
 富貴なものは、必ずどこかで欲深い所があると疑い、やがては富貴でいること自体を罪深いことと考えるようになったようだ。
 現代の日本の女は、全てお金お金で、お金の無い者は歯牙にもかけないという女ばかりだというのに、妙秀という人がかつてこの日本に存在したと言うことそのものが驚きだ。
 妙秀が最も重んじたのは、何よりも人の心のありようであったという。貧しくても夫婦の間に愛情さえあれば「いかほど貧しくともたんぬべし」。
 富貴な家の当主が死んだ後、兄弟の間に醜い諍いが起こるのはよくあることだが、貧しい者の死んだ後に兄弟が争ったためしがない。人が幸せになるかどうかは富貴か貧乏かによるのでは無い、ひとえに人の心のありようによるのである、と言っていた。
 この母親に光悦は、前田家に行ってきたが、殿様の御機嫌もよく上首尾でした。さらに帰りがけに御家老たちが白銀三百枚を下されようとしました、と言うと、妙秀は「そなた!その銀を拝領してきたのか」ととがめた。
 現代の母親なら、その銀はどこにあるの!見せて!見せて!と言って喜色満面で飛びつかんばかりになってお金のありかを尋ねることだろうが、妙秀は怒りの顔で息子をとがめたのだ。
 光悦はお金は受け取らなかったと言うことを説明すると、妙秀は機嫌を直して、
「よくぞお返し申し上げた。もし、その銀子を拝領したならばせっかくの茶入れも廃れものになり、そなたは一生茶の道を楽しむことが出来なくなったであろう。よくぞお請けしないで来た。」と大変な喜びようであったという。
 現代の殆ど全ての母親が、息子が大金を手に入れられるのを断ってきたと言ったらさぞやがっかりすることだろうに、今の母親たちと妙秀とでは真逆の反応だ。

 妙秀の逸話の1つに、京に大火があって妙秀の婿の家が類焼した時の彼女の反応を記した条があり、彼女の考えをよく示している。
 婿の家の様子を見に行った召使いの女が、ただいま土蔵にまで火が入りました、と報告すると、妙秀は嘆くどころか「さて嬉しや嬉しや」と喜ぶ有様なので、光悦が聞き咎め「何と言うことを仰せられるのですか、人の聞こえもありましょうに」というと、妙秀はこう答えたというのである。
「いかにもその通りですが、もとはと言えばあの者の先祖は誠に無慈悲、慳貪のものでありました。僅かのお金を貸しては良い物を質に取り、借りた者がようやく金を都合して質を受け取りに来ると、あれはもう日限が過ぎたのでよそへ払ってしまったなどと偽りを言って返さなかった。その道具の持ち主は、それを質から出し、高値で売り払って妻子を養おうと思って金を用意してきたのに、流されたと言われ、どんなに困り切っていても戻してやろうとはしなかったのです。かように、それ程むごく気の毒にも人の宝を奪って我が物にし、高値に売り渡しては欲深く蓄えていた財宝が、あの蔵の中にはあったのです。あんな罪深い財宝があるうちはあの者たちはいずれ災難に遭うであろうと、明け暮れ心苦しく思っておったので、今蔵へ火が入ったと聞き、うれしさの余り何の弁(わきま)えもなくつい嬉しやなどと口走ってしまったのでした。ゆるしてくだされ。」

 妙秀にはたくさんの子や孫がいたので、大勢の子孫の者達は田舎の土産や服などを妙秀に献上したが、妙秀はもらったものを皆断ち切って帯やえり、頭巾、帛紗(ふくさ)などに仕立てて、人々に与えてしまうのであった。
 妙秀は、当時としては信じがたいほどの長寿で、90歳まで生きたのだが、死んだ後には唐島の単衣物が1つ。帷子(かたびら)のあわせが2つ。浴衣。紙子の夜着、木綿のふとん、布の枕で、この他には何も残ってはいなかったという。
 彼女が遺したのは、妙秀の潔い生き方という思想だったのだ。
 人一人が生きて行く上で、住居、家具、着物、食物、その他の生活のあらゆる面で、何があれば足り、何が無ければ不足か、そうしたことを考え抜いた末が、極限と思えるほどに切り詰めた簡素きわまりない所有となって示された。
 妙秀の思想を具体的に書き表すと、世間では、金銀や持ち物を多く所有すればするほど人は幸福になると信じているようだが、これくらい間違った考えは無い、と言うのだ。
 大邸宅に住めば、その維持管理に大勢の人を使い、維持するだけで心を労さなければならなくなる。珍奇財宝を所有すれば、壊されたり盗まれたりすることに対して気を遣わなければならなくなる。また、そういう大邸宅の暮らしを維持するには莫大な維持費がかかり、経費を作り出すためにますます財を稼ぎ出さなければならなくなる。誠に愚かなことで、人は所有が多ければ多いほど所有物に心を奪われて、心は物の奴隷となってしまう。
 これが妙秀の思想であり、考え方なのだ。


 前回書いた本阿弥光悦の話では、家を10両で売り買いをするというのは信じがたいと書いたが、この文を書くにあたって再度同じ所を読み直してみたところ、以下のような記述があった。
「本阿弥の家は決して貧しくは無かっただろうに、粗末で小さな家に住み、小者一人、飯炊き1人の他使用人も無く、質素に暮らしたという。」
 粗末で小さな家と言うことであれば、今とは違って家の造りも簡素なはずなので10両で売り買いをしたというのも納得できる。
 一通り読んでも全てが頭に入っているわけでは無いので、こうした思い違いが起きるという典型だ。








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