ゴッド・ファーザー




2020.08.24



 ゴットファーザーという本を古書店で見たので、買ってきて読んでみた。
 オリジナルの原作を日本語に翻訳した物なので、有名な映画と同じ場面もあるが、全く違うことも多々あった。
 本を読んだことでわかったのだが、映画を見ておもしろいと感じたのは全てが原作のままに描かれていた部分ばかりで、つまらないと思った箇所は皆映画監督が勝手に原作を作り替えた部分ばかりだった。ゴットファーザーTは、殆どが原作に忠実なのでおもしろいのだが、Uになると監督の独自色が入ってくる。Vになると、監督の妄想が大半で、ものすごく陰険なものとなり、原作とはかけ離れたものになってしまっている。
 最初に驚いたのは、ゴットファーザーであるドン・ビト・コルレオーネの長男であるソニーがキューピーのような顔と体型をしていると書かれていたことだった。
 これは太ってまるまるとした体型で、頭は禿げていて目はぱっちりとした顔をしていると言うことだが、アメリカ人ではそう珍しくない体型と顔立ちでもある。
 ただ、映画を見た人は知っていると思うが、映画に出ていた長男のソニーを演じていた俳優は、原作で表現されていたタイプとは全く違っている。
 映画を見て一番違和感を感じていたのは、主人公であるマイケルの妻ケイの振る舞いだった。なぜなら画面に登場してくる自動車の形からして、そうとう昔の話しを描いているとわかるものなのに、まるで現代の気位の高い女が戦前の昔にいたかのようなことになっているからで、ものすごい違和感があったからだ。
 所が、原作にあるマイケルの妻は美人で賢く愛らしいというだけで、夫に逆らうというようなことはない。いわゆる昔風の親切で優しいタイプの女だったのだ。まあ、夫のすることに口を挟んだり非難したりと言ったようなことは、昔も夫婦関係ではあったかも知れないが、夫婦関係以外のことに対していろいろと夫のすることに口を挟むというのは昔の女には無かったことの筈だから。

 マイケルが敵対するギャングの頭目と悪徳警官を殺してイタリアに逃げたのだが、アメリカに戻ってきた後に、映画ではマイケルがかつて恋仲だった女であるケイが幼稚園児と一緒にいる所をたずねると言うシーンがある。このシーンではマイケルに気づいたケイは、いかにも迷惑げな感じをあらわにしていた。
 しかし、今ならともかく、昔の男がこのようなことをするだろうか、ましてギャングの頭目の息子が。と言う疑念があったのだが、原作では女の方が何度も何度もマイケルのいたギャングの家に出向いてマイケルに会いたいと言っていたのだが、何度家を訪れてもいつも留守だったのに、ある日電話をするとマイケルの母親が出て、マイケルが家にいると言ったのだ。マイケルの母親は今すぐにタクシーに乗って家に来るように言い、タクシー料金はこちらで持つから今すぐに来るように、と言ったのだ。
 ケイはすぐに家に戻ったことを自分に知らせようとしなかったマイケルに不満を抱きながらも、母親の強引な誘いに乗ってタクシーに乗り、ギャングの住処に行き、愛しい男との感動の再会をするのだ。
 原作と映画では主人公とその妻の2人の男女の関係がまるで違ったものになっていて、なぜ、映画監督はこのような全く違う話にしようとしたのか。ギャングの世界に奇しくも入ることになった普通の娘の苦悩を描きたかったからなのか。

 原作では、なぜ殺人を犯したマイケルが罪に問われることも無くアメリカに戻れるようになったかの経緯が詳しく語られていて、とてもわかりやすいのに対して、映画ではなんだかわけのわからない理由で殺人犯が罪に問われることもなくアメリカに戻れるようになっている。途上国ならまだしも、アメリカという最も法の支配が確立していて、正義が重んじられている先進国であるはずの国で、あんなギャング同士の取引というわけのわからない理由で2人も殺した殺人犯が免責されるのか、と言う驚きがあったが、原作を見て納得が出来た。
 原作では、フェリックス・ボッキッキオという弁護士が弁護士仲間に誘われて計画倒産に関係したのだが、犯罪が発覚すると弁護士仲間も主犯の実業家たちも罪をボッキッキオという弁護士になすりつけ、自分たちは身内にギャングがいるボッキッキオに脅されて荷担させられたのだ、と主張したのだ。
 首謀者であった2人の実業家は執行猶予となり、ボッキッキオは3年の実刑となった。
 ボッキッキオは刑期を終えて刑務所から出てくると、まもなく銃を買い、自分を陥れた弁護士仲間と実業家たちを人が見ている前で次々と撃ち殺すと言うことをした。
 自分を陥れた者どもへの復讐を終えたボッキッキオは、逃げることもなく食堂でコーヒーを1杯注文し、警官が到着するまで悠々とコーヒーを飲んでいたのだ。
 電気椅子が確実になったボッキッキオが、マイケルに体型と顔立ちが似ていることにドン・コルレオーネは目を付け、彼の妻と子供たちに高額な報酬と相当額の年金を与えることと引き替えにマイケルの身代わりを頼んだ。
 既に死刑となることが確実となっているボッキッキオは、この条件に同意し、約束の金が支払われ、そして計画は実行に移された。
 身代わりとなったボッキッキオの自供によって、ギャングと悪徳警官殺しの犯人が新聞のみだしとなって世間に知られることになり、4ヶ月後にボッキッキオが処刑されたということを知らされたドン・コルレオーネは、マイケルをアメリカに呼び戻すように指示を出したのだ。

 原作は、全体としての印象はあっけらかんとしたおもしろい読み物なのだが、映画では全編が陰気くさくて監督の個性が前面に出すぎている。








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